食べ物辞典:山椒
日本で最も古くから使用されてきた香辛料とも称される山椒。鰻とはセットでは使われるものの、あまり普段のお食事には使用しない方もいらっしゃるのではないでしょうか。欧米で使い勝手の良いスパイスとして使用されたことともあって日本でも爽やかで刺激的な風味が再評価されつつありますし、辛味成分には血行促進や脂肪燃焼促進作用を持つ可能性があることも注目されています。身近だからこそ知らない山椒の歴史や、サンショウオール・ポリフェノールなどの注目成分に期待されている健康メリットを詳しくご紹介します。
和名:山椒(サンショウ)
英語:sansho/Japanese pepper/Korean pepper
学名:Zanthoxylum piperitum
山椒(さんしょう)のプロフイール
山椒とは
「山椒は小粒でもぴりりと辛い」なんていう表現にも使われるように、日本人にとっては古くから親しみのある香辛料である山椒。胡椒や唐辛子とはまた違った独特の辛味・刺激感と、山椒っぽいという以外に表現しようのない爽やかな香りが特徴的な食材です。和食を引き立ててくれる香辛料として認知されたこともあってか欧米では“Japanese pepper(日本の胡椒)”もしくは日本語そのままの“sansho”と呼ばれることもありますよ。その反面、日本でよく使われているかと言うと「ウナギにはかけるけど…」という微妙なポジション。キッチンに山椒が常備されている・日常的に利用しているかと聞かれれば「無い」という方も珍しくは無いのではないでしょうか。土用の丑の日などでウナギを買うとセットで付いてきますしね。
そんな山椒=ウナギという印象の強い日本に対し、ヨーロッパのレストランなどでは山椒が万能香辛料として高く評価されつつあるそう。肉料理を始めドレッシングやスープ・スイーツまで様々に山椒が活用されていることが一時期メディアで紹介され、日本でもちょっとした話題になりました。パティシエの辻口広哲さんが考案した山椒チョコレート「SANSHO」がサロン・ドゥ・ショコラで最高位を獲得したことも話題になりましたね。本格的な料理だけではなくご家庭でもパスタやクッキーなどに活用できますし、お味噌汁に振り掛ける・お米を炊くときの隠し味に少し入れるだけでも爽やかさが楽しめますよ。肉・魚との相性も抜群で、臭み・脂っぽさを和らげてくれます。また山椒とはっきりとは認識していなくても、ちりめん山椒や七味唐辛子、もしくはお煎餅やスナック菓子・お正月に食べる切山椒などとして口にしていることもありますね。
そんな山椒は日本が原産のミカン科サンショウ属に分類される落葉樹。学名はZanthoxylum piperitumで、属名は黄色い木を、種小名は胡椒(pepper)のようだという意味で命名されました。山椒と言えば果実も葉も青々としたイメージがありますが、秋になると葉は黄色く高揚します。佃煮やちりめん山椒に加工される青山椒や実山椒と呼ばれる山椒の果実も緑色をしていますが、こちらも未成熟のうちに収穫されているため。ウナギにかける“粉山椒”は山椒の実が赤く熟してから収穫し、その果皮を乾燥させたものです。果実以外の部分も山椒は食用利用されている植物で、山椒の若葉は“木の芽”と呼ばれてお吸い物や酢の物・お刺身やちらし寿司などの彩りに、花を漬けたものは“花山椒”として彩り用や佃煮にと、大きく4種類の使われ方をしています。「山椒は小粒でもぴりりと辛い」は山椒から転じて“からだは小さくとも才気に優れたこと”を示す言葉になっていますが、山椒も辛いだけではなく多様に活用できる有難い植物と言えるのではないでしょうか。
ちなみに最近人気になっている、麻婆豆腐などに使われている中国の山椒(花椒/ホアジャオ)。こちらは名前から“花山椒”と混同されたり、日本の山椒=青・花椒=赤と思われたりすることもあるようですが、花椒は華北山椒(Zanthoxylum bungeanum)という別種。また中国で青花椒もしくは青椒と呼ばれているものも、日本の実山椒とは別のイヌザンショウと呼ばれる種類です。そのほかにもサンショウ属の植物は250種以上あり、いくつかは中国で〇〇椒と呼ばれ香辛料・生薬として利用されていますよ。山椒(Zanthoxylum piperitum)の中でも朝倉山椒や葡萄山椒・竜神山椒など品種が分かれており、紀州葡萄山椒や飛騨山椒(高原山椒)などの特産品もあります。
山椒の歴史
山椒は日本原産の香辛料とされていますが、朝鮮半島南部や中国にも見られることから原産地について断定はされていません。と言っても日本では縄文時代の土器からも山椒の果実が発見されており、有史以前から獣肉や魚などの臭み消しに活用されていたと推測されています。中国の『魏志倭人伝』などにも日本に自生している山椒の記述があるそうですから、山椒は「日本最古の(随一の)香辛料」であると称されることもありますよ。香辛料や調味料が少なかった大昔の日本では風味付けとしても抗菌防腐用としても山椒は重宝されていたと考えられますし、食用以外に山椒の樹皮と木炭を混ぜたものを川に流して魚を採ることにも使われていたようです。
国内での文献としては7世紀初頭に編纂された『古事記』にも山椒についての記述があります。当時山椒は「椒(はじかみ)」と記されていましたが、これは元々は特定のものを指す言葉ではなく、香辛料や薬味を表す言葉だったようです。現在はじかみと言えば芽生姜を酢漬けにした「はじかみ生姜」がポピュラーですが、昔々の日本には山椒以外に香辛料と言えるような食材はなかったため元々はハジカミ=山椒を指す言葉として使われていたそう。しかし大陸との行き来が盛んになると、中国からショウガが伝来したことでハジカミは一つでは無くなります。混同していた時代・書物もあるようですが、徐々に山椒は「房椒(ふさのはじかみ)」など、生姜は「呉の薑(くれのはじかみ)」と呼び分けるようになります。平安時代になると中国から伝わった生姜などの生薬の利用が定着したことで、ハジカミ=薑(生姜)という認識の方が強くなっていったと考えられます。
生姜が日本で薬味としての地位を築いていくなか、古くから使われていた山椒も生薬や薬味として果実・葉は変わらず使用されていました。しかし奈良~平安時代頃と言えば生姜以外にも大陸から様々な香辛料や食材が伝わり、食材や料理法に合わせて香辛料が使い分けるようになっていった時期。また、仏教信仰が高まり日本人が徐々に獣肉を食べなくなっていったという背景もあります。山椒は野菜にふりかけても美味しいですが、どちらかと言えば動物性食品と相性が良い香辛料ですよね。こうした事情からハジカミの名前がショウガに取られてしまうくらい、日本での山椒利用は薄れていったと考えられます。しかし日本人が山椒を全く利用しなくなったという訳ではありません。室町時代に書かれた『大草家料理書』には鰻の蒲焼きなどに利用されていたとの記述があり、現在のように鰻+山椒という食べ合わせが行われていた事がうかがえます。
加えて醤油が普及したことで山椒の果実や木の芽を佃煮にするという活用法も生み出され、庶民も気兼ねなく醤油を使う江戸時代かけて普及していきました。経験則からか香りの良さからか「山椒は魚の毒を消す」とも言われ、ウナギ以外に柳川鍋などのどじょう料理にもマストな香辛料として扱われました。江戸時代を代表する俳諧師の一人小林一茶も“山椒をつかみ込んだる小なべ哉”という句を残しています。そのほか味噌と山椒を混ぜて豆腐などに塗って焼いた田楽も庶民のおやつとして親しまていたそう。お屠蘇を飲む習慣も江戸時代以降に庶民に広まったと考えられおり、当初「屠蘇散」に含まれていなかった山椒が使われるようになったのも江戸期ではないかと推測されています。実をたくさんつける山椒は「子孫繁栄」の縁起物としても親しまれていたそうですし。
山椒の栄養成分・効果について
栄養成分含有量の参考元:日本食品標準成分表2015年版(七訂)
山椒は100gあたりで見ればカリウムやカルシウムなどのミネラルを非常に多く含んでいますが、粉山椒は勿論のこと実山椒であってもさほど薬味として少量を利用するものであり、大量に食べるものではありません。そのため栄養補給源としては考えないほうが良いでしょう。山椒が持つとされる健康メリットは、非栄養性機能物質や薬効成分と呼ばれる芳香成分や辛味成分に期待されている働きが大半となっています。
山椒の効果効能、その根拠・理由とは?
胃腸機能のサポートに
ピリリと辛い山椒の辛味を構成する成分には、サンショオール・サンショアミドという成分が含まれています。この辛味成分は大脳を刺激して内臓器官の働きを活発にする働きを持つと考えられており、経験医療である漢方でも古くから整腸作用を持つ生薬として活用されてきました。現在の研究でもサンショオールが脳へ刺激を与えるという報告は多くなされていますし、2001年の『Planta Medica』にもモルモットから摘出した消化管に山椒から単離したβサンショオールとγサンショオールを投与することで回旋筋・遠位結腸の縦筋の収縮が見られたという報告が掲載されています。加えて山椒の芳香成分(精油成分)にもシトラール、フェランドレン、ジテルペン、リモネンなど食欲増進や消化促進作用が期待される成分が多いことから、山椒は胃腸機能を整えて消化をサポートする働きが期待されています。
このため漢方でも山椒は芳香性苦味健胃薬として利用されています。消化の代表的な用途とも言える「ウナギに山椒」というのも、ウナギの持つ独特の臭みを消すだけではなく、脂の多い鰻と組み合わせることで胃もたれを予防するという意味もあったと考えられていますよ。生薬としては消化不良だけではなく胸焼け・胸苦しさなどの緩和にも用いられるそうですから、夏バテなどで食欲が無い時のサポートとしても役立ってくれる可能性があるでしょう。ジテルペン胃酸過多抑制作用が、シトラールにはリラックス効果が期待できるという見解もあるため、神経性の胃腸トラブル緩和にも役立つという説もありますよ。
集中力アップにも
山椒に含まれているシトラールはレモングラスなどレモンもしくは柑橘系っぽい香りを構成する精油成分。アロマテラピーなどでは亭系を落ち着ける作用を持ち、精神安定や集中力向上効果が期待できる成分と考えられています。また、辛味成分であるサンショオールは唐辛子と同じく感覚神経にあるTRPV1を刺激する働きが認められており、この刺激によって脳を覚醒させる働きも期待されています。このため気分をシャッキリとさせて集中力を高めたい時にも山椒は役立ってくれるのではないかと考えられいます。
味覚の増強にも
山椒に含まれる刺激物質は舌の触覚神経を興奮させる働きがあることが2008年にカリフォルニア大学により報告されています。山椒を食べると舌がピリピリと痺れたようになりますが、味覚が麻痺して味がわからなくなるということはなく、逆に鋭敏になっていると考えられています。NHK“ガッテン”でも山椒を食べた後に冷奴などの味を濃く感じたことが報じられていますよ。この働きから香辛料として山椒を料理に加えることで、塩分や糖分などを自然な形で減量できるのではないかと期待されています。
血行促進・肥満予防に
山椒の辛味成分であるサンショオールは唐辛子と同じくTRPV1を刺激する成分。このため唐辛子と同じく消化管のTRPV1を介して中枢神経系を刺激し、その刺激が副腎に伝わることでアドレナリン分泌が促されるのではないかと考えられています。アドレナリンは交感神経が興奮した時に分泌されるホルモンで、「闘争か逃走のホルモン」と称されるように即座にアクションが取れる状態を作り出すことを主目的とする神経伝達物質です。運動量を高めるために、血管を拡張させる働きや、グリコーゲンを分解する・脂肪分解酵素(リパーゼ)を活性化させることで血糖値を上昇させるなどの働きも持っています。そのほかTRPV1刺激によって代謝を高める・白色脂肪細胞を脂肪燃焼を行う“褐色脂肪細胞”に変化させることで脂肪燃焼を促すのではないかと注目されています。
こうしたTRPV1刺激を介した作用については人に対しての信頼性が高いデータは無いことも指摘されていますが、山椒に含まれるポリフェノールや芳香成分にも血行促進作用が報告されているものがあります。漢方で山椒が「腹部の冷えをとる」食品(生薬)として扱われているのも、何らかの形で血行促進作用や冷えの緩和を感じられたためであると考えられています。唐辛子も山椒もまだ人への効果としては研究段階ではありますが、こうした可能性から血行不良や冷え性の軽減、サポート・メタボリックシンドローム予防に役立つ可能性がある食材としても山椒は注目されています。味覚の増強から調味料と減らすサポートも期待できますから、お料理に活用することでカロリーカットにも活用できるでしょう。
抗酸化・感染症予防にも
近年、山椒にはポリフェーノールが豊富に含まれていることが認められており、抗酸化をサポートしてくれる食材としても健康メリットがあると考えられています。活性酸素は酸素を使う代謝の中でも普通に発生する物質で、私達の体を守るための機能も持ち合わせています。しかし過剰に活性酸素が増加してしまうと、活性酸素は体内の脂質・タンパク質・DNAなどに悪影響を及ぼし、体の持つ様々な機能を低下させたり、老化を促進するリスクファクターとなることが指摘されています。このため体内の活性酸素を除去・抑制する働きを持つ抗酸化物質を補給し、フリーラジカル/酸化ストレスを軽減することが体を若々しく健康な状態に保つ手助けとして注目されているわけです。
ちなみに山椒に含まれているポリフェノール類は「山椒ポリフェノール」と総称されていますが、こちらの研究によればプロアントシアニジン系であり、抗ウイルス活性が見られたことも報告され、インフルエンザウイルスに対する感染予防対策として使用できる可能性が示唆されています。山椒ポリフェノールの機能については更なる研究が必要な段階ですが、可能性という面では抗酸化作用からも免疫機能低下の予防に繋がり、リモネンなど山椒の精油成分にも抗菌作用・抗ウィルス作用が期待されています。古くは「山椒は魚の毒を消す」と言われていたのも抗菌作用に優れていたためという見解もありますから、風邪などの感染症予防にも一役買ってくれるかもしれません。
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生活習慣病予防に
抗酸化物質の補給は活性酸素の増加を防ぎ、酸化を防ぐことで生活習慣病の予防にも繋がると考えられています。活性酸素が中性脂肪などの脂質を酸化させることで生成された過酸化脂質が血管に蓄積すると血管の柔軟さが失われ動脈硬化の原因となりますし、血流が阻まれることで高血圧のリスクも高まります。山椒はポリフェノールを含んでいるため抗酸化サポーターとしても注目されている食材ですし、芳香成分であるジテルペンにも抗酸化をサポートする働きが期待されています。
三重県科学技術振興センター工業研究部からはサンショウ果実由来ポリフェノールにビタミンE以上の糖化タンパク質由来活性酸素消去能力が見られたことも報告されており、糖尿病合併症予防に役立つ可能性も示唆されています。また、味覚を強める働きによって味をしっかりと感じるようになることで、塩や醤油など調味料の使いすぎを予防して減塩・高血圧予防にも役立ってくれるでしょう。サンショオールの働きによって内臓脂肪燃焼を促すなどの働きも期待できますから、抗酸化作用と合わせて生活習慣病の予防にも一役買ってくれるかもしれませんね。
むくみの緩和について
山椒はむくみの改善に役立つ食品として紹介されることもあります。これは内臓機能向上や血流改善によって水分代謝も向上するためではないかと考えられます。カリウムが豊富なためとする説もありますが、カリウム補給源としては正直微妙な所。と言うのも山椒粉100g換算だと1700mgとカリウムを非常に多いものの、実際1回に振り掛ける量は2~3g程度ですから摂取できるカリウム量は40mg前後です。味覚を鋭敏にすることで塩分の摂取低減には期待できますが、カリウム補給によって水分排出を促すという働きは期待しない方が確実です。
目的別、山椒のおすすめ食べ合わせ
山椒の選び方・食べ方・注意点
乾燥山椒の保存方法
香辛料として最も一般的な粉山椒は、風味が飛びやすい香辛料。使い切りではないものを購入した場合は、なるべく空気に触れさせないように密閉容器に入れ、冷蔵庫など冷暗所で保管するようにしましょう。数日中くらいに使う分ずつ小分けにして、当面使わない分は密封して冷凍保存しておくと香りや刺激を劣化させにくいですよ。もしくは粉状態でビンに入っているものではなく、乾燥した果皮がそのまま入っているタイプを購入して使用する分ずつミルで挽くのもお勧め。粉状態のものよりも流通数が少ないのが難点ですが…。
実山椒の利用について
地域によっては初夏ころに未完熟の実山椒(青山椒)が販売されることもあります。未加工の山椒の実が手に入った場合は、料理する前に下処理が必要。枝付き状態であればまず枝から実を外して、細かい枝・葉を取り除いてよく洗います。水に塩を加えて煮立たせ、沸騰したお湯の中で指で潰せるくらいの硬さになるまで茹でます。茹で上げた後にザルにあけて水気を切りつつ冷まして、残っていた小枝などがあれば取り除いて下処理は完了。辛味が苦手な方は水に晒しておくと辛み抜きができます。
下処理を終えた醤油漬け・ちりめん山椒・佃煮などにするのがメジャーですが、オリーブオイルやごま油などの油に漬け込んでフレーバーオイルにするのもオススメ。時々ラーメン屋さんなどでも見かける“山椒油”ですね。食べた時の刺激感はほとんどなくなるので辛味が苦手な方も取り入れやすいですし、山椒の爽やかな香りがつくことで“油なのにサッパリした風味”でチャーハンやパスタにもよく合います。
山椒の活用方法
山椒は唐辛子と同じく、外側から皮膚につけることでも血行促進・温感作用が期待されています。お婆ちゃんの知恵袋(民間療法)では霜焼けを起こした箇所に山椒を軽く炒ってから布に包んんだものを温湿布のように当てる、というものもありますよ。そのほか軽く炒ったものを袋に入れ入浴剤として利用すると冷え性・神経痛・痔などの緩和に役立つそうです。肌を刺激する可能性もあるため使用には注意が必要ですが、山椒の香りも楽しめて良いのではないでしょうか?
【参考元】